巷房, 東京

2015年7月27日 - 8月8日

夜光虫の光る海

月のない夜、波は静かで、水は重くゆったりとうねり、沖の漁り火がちらちらと海面に反射する。昼間の気だるい喧噪とは打って変わって、夜の海は緊張感に満ち、静かに近寄りがたく真っ黒い水を満々とたたえている。拒絶されるのか受け入れられるのか判断のつかぬまま意を決してゆっくりと海の中へ入ってゆく。生ぬるい海水が身体にまとわりつく。刹那、海全体が一つの生き物のような気がして、飲み込まれはしないかという恐怖で身体を硬くする。

おそるおそる静かに手で水をかくと、手の動きに合わせて無数に夜光虫がきらめく。時間が止まり言葉を失う。静かに足を浮かせ泳ぐと自分の周りに光の波紋が広がり、水をすくうと、手の中で光る。まるで宇宙空間に投げ出されて星々と戯れているよう。ここは天の川か天国かと思う。

この星に産まれてきて良かったという感情がこみ上げてきて、いまここに生きていることの、とてつもない奇跡を思わずにいられない。

奇跡はどこにでもある。生きていることそのものが奇跡なのだ。

作品を作るようになって30年以上経つが、最近になってようやく自然に作品ができるようになってきた。自分はなぜ作品を作るのだろうという哲学的な問いが、ずいぶん昔にはあったが、今はもうない。すでに考えることをやめてしまった。

朝の透明な空気に響き渡る鳥やひぐらしの鳴き声、田圃にたたずむ白鷺の姿、窓をたたく風の音、通り雨、この世界はとても美しく、見ているだけで心が透きとおってゆく。

言葉や理論にはもう興味が無い。ただただ美しいものを作りたいと願っている。

2015年8月 象山隆利

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